和数寄人日記

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2012年 02月 05日

和数寄人 太子講に参加

1月22日 島根県安来市伯太町母里の太子講に和数寄人3名で参加してきました。

この太子講は江戸時代から始められ、藩主により始まった地域とそうでない地域があり、
現在では衰退してしまった地域、建築組合へと発展した地域とさまざまなようです。

今回は和数寄人の暮らし生きる地域に太子講を復活させるため、意味や意義を学ぶべく
母里太子講様の御協力を頂き、参加させていただきました。

「孝養像」と呼ばれる聖徳太子が16歳の時柄香炉を持つ姿を掛け軸にしたものを飾る
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ここで初めてお目にかけた方に太子講をご説明いたします。

太子講とは聖徳太子を職能神として信仰する同業の諸職人の間で行われる行事です。
聖徳太子は四天王寺や法隆寺などの建築に関わり、諸職技能士の保護や個人の才能を
尊重する政策をとったことから、木造建築の守護神として信仰されています。

           母里 永昌寺薬師堂 聖徳太子御本尊へお参り
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お参り後は懇親会。私達も一緒に混ぜて頂き酒盛りが始まる。
懇親会もこの会の重要な事。職人同士がコミニュケーションをとる大切な時間です。
母里太子講の歴史、職人さんの若い頃の仕事の様子、道具の話、加工術の話
子供の頃の遊びの話、先代達の話、尽きることなく話がすすみます。
なぜ母里の職人さん達が仲が良いのかが、よく分かりました。

           昔は夜通し歩けなくなるまで飲んでおられたそうです。
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最後はまた必ずお会い出来る事をお約束し記念撮影

             母里の職人さんと和数寄人(前列右3名)
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我々伝統を継承していく職人にとって、技能継承も勿論大切なのだけれど、このような
精神文化を無視していくことに疑問を感じ継承されなかったことに無念さを感じてしまう。

昭和の科学やテクノロジーの発展に心を奪われ、高度成長で浮かれていた日本人。

本来日本人は、目に見えないものに対し、恐れや敬いの心を強く持っていた民族だと思う。

来年は、和数寄人が地元の本来の意味を持つ太子講を復活させます。



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by wasukibito | 2012-02-05 15:18 | お勉強の旅


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